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豪農の館・伊藤邸

9月のシルバーウイークに、新潟市江南区にある越後随一の豪農の館・伊藤邸(北方文化博物館)へ行ってきました。

登録有形文化財でもあるこの建物は、米どころ新潟の江戸~明治時代の歴史と文化を現代に残している、新潟市が誇るタカラモノのひとつです。

皆様ご存知、今月からスタートしたJR東日本の新潟デスティネーションキャンペーン「うまさぎっしり新潟」。このキャンペーンのために作られた5枚組のポスターは、首都圏のJR構内などでも見かけた方も多いと思いますが、なんとその1枚がこの伊藤邸の写真です。数多くの新潟県のタカラモノの中から選び抜かれた5枚ですが、うち2枚が新潟市関連のポスターで、伊藤邸と古町芸妓が採用されています。

実は伊藤邸に行ったことのない私。事務所に貼ってあるポスターが目に入るたびに八代目・伊藤文吉さんと目が合い、後ろめたい思いで目をそらしてしまいます。やはりこちらでDCをPRする立場としては、伊藤邸を一度自分の目で見てこなくてはと、いそいそと向かったわけなのです。

早秋の新潟は実にさわやかな秋晴れで、黄金色に揺れる稲穂は収穫を待つばかり。そんなまさに新潟らしい風景を楽しみながら、伊藤邸に到着します。

敷地内に入ると新潟国体の開催を控えていたこともあり、外国の方もちらほらと見受けられます。日本人の若い団体さんもいるなぁと声をかけてみると、なんと下関から船で日本の港町を廻っている海運学校の学生さんたちでした。山口県は武家屋敷が多いので豪農の館というのは新鮮らしく、熱心に見学しています。遠く山口県で、新潟の農の暮らしというものをたくさん伝えていただければうれしいなと思いました。

さて、伊藤邸は越後随一の豪農と言われながらもどこか質素な佇まいです。広い庭園や欄の造りなど一つひとつは贅を尽くしたものですが、全体的に醸し出す雰囲気は、むしろ簡素で質素です。今よりずっと雪深かったであろう明治時代の越後。大地主であろうと農民であろうと、厳しい冬をじっと耐え、春を待つ姿はみな同じです。豪農伊藤家が農民からも慕われていたという言い伝えがぐっと実感できます。

不動産物件の見取り図を眺めて自分がそこに住むことを想像するのが大好きな私は、館見物も大好物(^u^)時代が違えばなお、想像の翼は広がります。館に一歩足を踏み入れれば、私はたちまち明治時代の伊藤家のお嬢様。しずしずと廊下を歩いたり、広い日本庭園で鯉に餌をやったり。そして当時はまだ珍しい2階の窓辺に佇み、黄金色に色付く田んぼを眺めて豊作を喜ぶのです。

しかし、同じく伊藤邸の敷地内で公開されている当時の古民家に移動すると、ニセモノのお嬢様はシンデレラのごとく庶民に戻ります。古民家は2種類あって、比較的裕福だったらしい庶民の家と、一般の庶民の家があります。特に一般の庶民の家はとても居心地が良く、あまり動かなくてもいろいろと手が届きそうな間取りがお気に入り。やっぱり私はこっちのほうが好きです(*^_^*)

そんなことで、ようやく堂々とポスターを見られるようになった私。
文吉さんも「先日はどうも。」と笑顔に見えてくるから不思議です。

DC特別企画で、「豪農の館で羽釜炊飯体験」という新潟駅発着プランもできました。新潟駅からのタクシー移動と豪農の館見学、炊飯体験がセットになったお得なプランです。みなさんもぜひこの機会に、明治時代の新潟へタイムスリップを体験してみませんか。

豪農の館・伊藤邸
豪農の館・伊藤邸(イメージ)

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2009年10月13日 15:46に投稿されたエントリーのページです。

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